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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)358号 判決 1985年1月30日

控訴人 倉島茂好

被控訴人 甲野花子(旧姓乙山)

被控訴人 中村三郎

右中村訴訟代理人弁護士 横幕武徳

主文

一  原判決中被控訴人甲野花子に関する部分を取り消す。

同被控訴人は控訴人に対し、金四二〇万円及び内金二二〇万円に対する昭和五七年一月二六日から、内金二〇〇万円に対する同年二月二六日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人中村三郎に対する本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用中、控訴人と被控訴人中村三郎との間に当審において生じた分は控訴人の、控訴人と被控訴人甲野花子との間に原審及び当審において生じた分は同被控訴人の各負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴人

1  原判決中被控訴人らに関する部分を取り消す。

2  被控訴人らは控訴人に対し、合同して金四二〇万円及び内金二二〇万円に対する昭和五七年一月二六日から、内金二〇〇万円に対する同年二月二六日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人中村三郎(以下「被控訴人中村」という。)

1  主文第二項と同旨

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  被控訴人甲野花子(以下「被控訴人甲野」という。)

同被控訴人は、適式の呼出を受けながら当審における口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

第二当事者の主張

次のとおり附加・訂正するほかは、原判決事実摘示中被控訴人らに関する部分のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人)

一  被控訴人甲野主張のとおり、同被控訴人が振出人欄に署名・捺印した本件各手形を第一審共同被告乙山太郎(以下「乙山」という。)が無断で使用したものであるとしても、同被控訴人としては、当時夫であった乙山と同居していたのであり、振出人欄に署名・捺印した右各手形が第三者の手に渡ればいかなる事態になるかを予測すべきであったから、右各手形の管理上重大な過失があったものといわなければならない。よって、同被控訴人は、控訴人に対し本件各手形につき振出人としての責任を免れない。

二  仮に、被控訴人中村が本件各手形に自ら裏書したものでないとしても、同被控訴人は、乙山又は河合薫に対し、同人らの関係する約束手形に裏書記載を代行する権限を授与し、右権限に基づき同人らが本件各手形に同被控訴人名義の裏書記載をしたものである。

(被控訴人中村)

一 原判決三枚目裏末行に「不知。」とあるのを「認める。」と改める。

二 控訴人の前記二の主張のうち、被控訴人中村が乙山又は河合薫に控訴人主張の権限を授与したことは否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実、すなわち、控訴人がその主張するとおりの記載の存する本件各手形を所持していることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人甲野が本件各手形について振出人としての責任を負うかどうかを検討する。

本件各手形の振出人欄に自ら住所を記載して署名・捺印した事実は、被控訴人甲野の認めて争わないところであるが、《証拠省略》によれば、同被控訴人は、昭和五六年二月及び一〇月に、いずれも自動車の割賦代金支払のためのものとして横浜銀行藤棚支店から振出人欄に自ら住所を記載して署名・捺印したいわゆるマル専手形を受け取り、そのうち、既に自動車販売店宛振出して使用した分を除く残りの手形用紙(その余の手形要件の記載はなされていない。)を自宅の部屋のサイドボードの引出しの中に保管しておいたところ、当時同居していた夫の乙山がそのうちの数通を無断で持ち出し、うち二枚にその余の要件を記載したうえ本件各手形とし、先に割引を受けた手形の書替手形として、同年一二月ころ、これらを控訴人に交付したことが認められ(る。)、《証拠判断省略》

右認定事実によれば、本件各手形は被控訴人甲野の意思に基づいて振出・交付されたものということはできないが、同被控訴人は、原審における本人尋問において、右残りの手形用紙を破棄ないし前記銀行に返還することなく保管していた事情について首肯するに足りる説明をしていないこと、《証拠省略》によれば、被控訴人中村は、後記三認定のとおり自己振出手形を乙山に貸し与えるについて、同人から被控訴人甲野振出名義の本件各手形と同種のマル専手形を担保として預かったことがあり、その際、被控訴人甲野に電話で問い合わせたところ、同被控訴人から右振出を認める旨の回答を得ている事実が認められること、乙山と被控訴人甲野とがそのころ夫婦であったことは前認定のとおりであるところ、当時両名の夫婦仲が格別円満を欠いていたことをうかがわせる証拠はないこと、以上の諸点に弁論の全趣旨をあわせれば、被控訴人甲野としては、前記署名・捺印ずみの手形用紙を、後日手形として使用する予定で保管していたものであり、本件各手形はそのうちの二通であると推認するのが相当である。

そうすると、被控訴人甲野は、流通におく意思で本件各手形に振出人として署名・捺印したものというべきであるから、手形の流通証券としての特質にかんがみ、たとえ本件各手形が自己の意思によらずに流通におかれたとしても、前記一判示のとおり連続した裏書のある右各手形の所持人である控訴人に対しては、悪意又は重大な過失によって同人がこれらを取得したことを主張・立証しない限り、振出人としての責任を免れないものと解するのが相当であるところ、控訴人の右悪意又は重大な過失については何らの主張・立証もない。

よって、被控訴人甲野は、本件各手形につき控訴人に対し、振出人としての責任を負わなければならない。

三  次に、被控訴人中村が本件各手形につき裏書人としての責任を負うかどうかを判断する。

前記一で判示したとおり、本件各手形には被控訴人中村名義の裏書記載があるが、《証拠省略》によれば、右裏書の記名・捺印は、被控訴人中村自身がしたものではなく、乙山が有合印を用いてしたものであることが認められるところ、当審証人河合薫は、被控訴人中村が昭和五六年六月ころ、乙山、原山某、河合薫に対し、約束手形に同被控訴人の裏書を代筆する権限を授与し、その責任を負う旨約したという趣旨の供述をし、控訴人もまた、原審及び当審における本人尋問において、右同月ころ河合薫から右権限授与の事実を聞いたことがあるのみならず、そのころ(当審における供述、原審では同年一〇月ころと供述する。)乙山を交えて被控訴人中村と会い、三者の間で、同被控訴人が消防署勤務の都合上自ら手形に裏書をする時間的余裕のない場合もあるので、同被控訴人名義の裏書記載のある手形については、たとえ同被控訴人自身が直接に記載したものでなく、乙山、原山某、河合薫が記載したものでも同被控訴人が責任を持つとの約束が成立した旨供述する。しかしながら、《証拠省略》によれば、昭和五六年三月ころから同年一〇月ころまでの間に、被控訴人中村は、乙山に対し、同被控訴人振出の合計約八〇〇万円余の約束手形を貸し与え、乙山は控訴人方で割引き、その割引金を自己の使途にあてながら決済資金を持参しないため、右手形を同被控訴人が自らの負担で決済していることが認められるところ、被控訴人中村は、《証拠省略》において、そのような状況下で、証人河合薫及び控訴人本人の供述するような権限の授与ないし約束をするはずはなく、控訴人と最初に会ったのは同年一〇月ころで、その際は単に同道した乙山から控訴人を紹介してもらい、挨拶をしたにすぎない旨供述しており、右供述に照らすと、証人河合薫及び控訴人本人の前記各供述はにわかに採用することができないものというほかない。当審に至って提出された甲第九号証は、当審証人河合薫の証言によりその成立は認められるものの、これによっては到底本件各手形上の被控訴人中村名義の裏書記載が同被控訴人の意思に基づいてなされたことを認めるに十分でなく、そのほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

よって、被控訴人中村は、本件各手形につき裏書人としての責任を負わないものというべきである。

四  《証拠省略》によれば、請求原因3の事実、すなわち、控訴人が本件各手形をいずれもその満期に支払のため支払場所に呈示したことが認められる。

五  以上によれば、控訴人の被控訴人甲野に対する請求は正当としてこれを認容し、控訴人の被控訴人中村に対する請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よって、原判決中被控訴人甲野に関する部分は不当であるから、これを取り消し、被控訴人中村に関する部分は相当であるから、同被控訴人に対する本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 仙田富士夫 河本誠之)

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